猪苗代新幹線

猪苗代新幹線については恐らく、猪苗代水力會社と東電が合併した後に建設されたものかと思われる。
建設は大正15年(1926年)であり、猪苗代旧幹線よりもできたのが12年遅い。
起点は猪苗代第一、第二、第三、第四水力発電所であり、現在でいう埼玉県川口市にあたる鳩ケ谷変電所までを結んでいた。
なお、現状については、近代の度重なる電力需要増加によって、鳩ケ谷変電所北にあった猪苗代新幹線は北鳩線に置き換わっている。
次いで、田端変電所北にかつてあった猪苗代旧幹線も今は千代田線という送電線に置き換えられている。そちらは現在、4回線鉄塔となっている。
(※栃木県付近にある元猪苗代旧線による小北線も、今や建て替えられている。)
旧鉄塔のデザインの形についてだが、こちらは猪苗代旧幹線とは違い、架空地線の条数は1条に減っている。
次いで、、埼玉県幸手市内のものは、少なからず住宅が増えたり、圏央道ができた箇所もあったりしたからか、変な形をした嵩上げ済みのものが多かったが、今はそういったものは全て建て替えられた。
一方、嵩上げされていない原型鉄塔については、元々川の横断のためで背が高かった723号鉄塔や758号辺りであるが
I吊懸垂がいしで嵩上げしていない原型鉄塔については、東武動物公園付近にあった755号を最後に、現存しているものはもう既にないものかと思われる。
しかし!当時物の原型鉄塔に架空地線支持の三角帽子を嵩上げしたようなもの?であれば、まだ、栃木県の那須郡で確認できることがある。(2017年現在)

こちらは嵩上げが全くされていない完全なる原型の送電塔である。
しかしこの南側には、鳩ケ谷変電所まで増強された北鳩線が待ち構えている。
当初は、猪苗代旧幹線と猪苗代新幹線は、終点まで別々のルートで送電されていたんだが、北東京変電所ができてからは大分送電ルートも変更されたようで、今はその先は、両方の送電線がそれぞれ2回線ずつ併架されている。
(北鳩線の名前について:北→北東京変電所の意、鳩→鳩ケ谷変電所の意味で、その相互を結んでいることからそういった名が付いているのだろう。)

猪苗代新幹線723号は、元々川の横断で背が高かったためか、嵩上げなしの原型の送電塔のようであった。
場所は、桜の名所として有名な幸手権現堂公園付近であった。
この送電塔は、そこから東に向かって流れている中川を渡る地点に2基あったが、今は建て替えられている。
それから猪苗代線というと、新旧含めて、懸垂がいしの吊方でV吊なんてものは見たことがないのだが、ここでは珍しくV吊懸垂がいし装置があった。
それにしてもここは、その吊り方がレトロであった。

一方こちらは、架空地線支持の三角帽子がある猪苗代新幹線の鉄塔である。(原型なのか?)
大正、昭和の鉄塔というと、三角形の尖がり帽子はないイメージの方が強いが、栃木県那須郡付近では、何故か三角帽子付きが集中していた。
(夏になると雷が多いためか・・・)

そしてもちろん!三角帽子のない普通の原型も同路線では見かけている。
(※正直私は、これが猪苗代新幹線でいう正式な原型の形かと思う。)
それが大分南へ進んだ北鳩線接続付近の755号で見つけたが、残念ながら今は建て替えられている。

一方こちらは、原型鉄塔でねん架鉄塔
福島県での撮影となったが、ねん架鉄塔には、架空地線支持の三角帽子は確認できない。

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