鹿浜線
鹿浜線は、昭和37年(1962年)に建設された、京北変電所から鹿浜変電所までを結ぶ4回線鉄塔である。
途中の29号鉄塔では、領家線を分岐している。
なお、送電塔については、最近では老朽化のためか、京北変電所付近のものについては、大規模な建て替えがあった。
京北変電所を起点とする鹿浜線
南葛線54号の下に4回線があると思うが、それが鹿浜線の起点となっている。
遠くより、建て替え前の鹿浜線4号.5号,6号
鹿浜線2号
続いて鹿浜線3号
4号は建て替え前の近距離写真がなかったため、建て替え直前の鹿浜線4号
建て替えのため、送電線は撤去されていたものによる。
4号の看板
5号は横より。
ここでは谷塚線と足立線が鹿浜線を超えるため、やたら遠くからもで目立つ送電塔が複数基確認できる。
6号は近距離で撮影した写真が残っていた。
ここでは年式の確認もできた。
昭和37年(1962年)9月とあった。
続いて以下は、鹿浜線の建て替え工事中に確認できたレアな光景である。
京北変電所付近から10号までの鹿浜線の送電塔建て替え工事中は(一部除く)、谷塚線12号鉄塔から電源を取るなどしていた。
なお、鹿浜線は4回線鉄塔で構成されているが、この当時は、上部の2回線については、停止していたようだった。
上記写真はその当時の光景であるが、2回線四角鉄塔どうしによる接続となったため、変わった接続方法となっていた。
片方は架空送電線のまま接続されているが、もう一方については、送電線をまたぐわけにはいかないので、一旦地中に引き下げた後、接続させていた。
そしてもちろん、鹿浜線の建て替え工事完了後は、綺麗さっぱり元に戻っていた。
鹿浜線の方も、今はもう谷塚線から電源をもらっておらず、元通りとなった。
続いてこちらは、鹿浜線18号であるが、早い段階で建て替えられたものについては、他とは違う変わった構成となっていた。
こちらは、各送電線との間隔が狭くなっていた。
年式についてはズーム不足のため、鮮明には見えず。
一方こちらは、背がやや低くなっているため、建設当初からある当時物の送電塔であろう。
当時物については、昭和37年(1962年)9月建設であることがわかった。
他には、鹿浜線(昭和37年(1962年)建設)が千代田線(昭和35年(1965年)建設)の下を通過する箇所もある。
(日暮里・舎人ライナーは眺めがいいので、そこからもよくうかがうことができる。)
なお、ここは年功序列!(笑)
鹿浜線は、最初からあった千代田線の下を通過するのが普通だ。
これについては、別ページを用意したので、そこで紹介している。
続いてこちらは鹿浜線の終着地
鹿浜変電所へ引き込まれる直前にある鹿浜線32号鉄塔である。
左側には、次項で紹介の志茂町線の起点
32号の看板
鹿浜変電所の看板
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