東信線を追跡 その2

次は、土村第一発電所の先の東信線を見てゆく。

とはいいつつも、13号鉄塔より先は、山の向こう側へ行ってしまうため、しばらくは見えず。

ということで、ここは一旦、小さな送電線である、土村第二発電所へ続く土村線を見て行く。

土村線については、支持物は鉄筋コンクリート柱が基本で、一部では上部にパンザーマストを継ぎ足したものも見られる。

がいしは長幹がいしやラインポストがいし(LPがいし)などが目立ち、アームについても腕金ならぬアングルである。

土村線のプレート
こちらは発送電の分社後に打ち替えたようで、年式などの印字はなし。

架空地線の両引き留めの引き留めクランプについては、通常の送電線で見かけるようなものである。
なお、ここではアングルが2本並んでいるが、ラインポストがいしについては、片側のアングルのみにある形となっている。

土村線については、そう長くは続かず、31号柱で終点となっている。
年式については、ここで昭和57年(1982年)1月と見られたが、それ以前は古い構成のものがあったのかもしれない。
それから普通、送電線というのは、起点の発電所を背に、1号、2号と続くが、ここは逆になっていた。

それから、土村線が送電線であるという証拠はここにある!
送電線で見かけるようなタブレットがここで見られた。

続いて土村第三発電所になるが、こちらは撮影当時、工事中のようで、発電所の建屋は見られなかった。

ちなみに工事前は、同発電所を起点とした土村第三線という1回線の送電線があって
それが東信線18号鉄塔にて、南佐久線部分に向けてブロッキングコイルを挟み込みながら合流していたようである。

土村第三線の年式もまた少し若く、平成7年(1995年)12月とあった。

南佐久線部分へかつて合流していた東信線18号鉄塔
このアングルでは左側の1回線となる。

続いては、穂積発電所へ向かう。

そこへ向かう途中は

またもや小さな送電線
いや、これは穂積発電所の保守用で使う東電の構内線であろう。

終端では、三相200Vの動力用の変圧器が確認できた。
なお、低圧がいしなどのパーツについては、中部電力仕様のものを使用しているようであり
ここでは東電では見慣れない、200Vの意味を施した茶色の低圧ピンがいしが確認できる。

プレートより、この構内線は、東電のものであるということがわかる。
とりあえずこちらは、穂積取水口線3号柱のようである。

取水のことはよくわからないが、三相200Vは何か水のくみ上げのポンプの電源で使っているのだろうか
それにしても、こちらもまたレンガ造で、かなり古そうだ。

ちなみにこの構内線は、山の中から突然現れる感じであり、起点の方はよく見えない。
この先の穂積発電所構内で、山の上へと上がる構内線も見たから、そこだろうか

東信線は、24号鉄塔辺りで再び姿を現すが、ここでは安曇幹線の下を通過する感じである。

その次の25号鉄塔は建て替え済み。

その先も所々で建て替えも目立つが

30号鉄塔で天狗岩の裏手の山を越えるため、その先は再び、しばらくの間は見えなくなる。

東信線は、次は32号鉄塔から見てゆく。

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